胃腸
ここ3ヶ月ほど、胃腸の調子が悪い。
人生でこんなに長い期間不調が続いたことがなかったので、色々思うところがあった。それを記録しておこうと思う。
ちなみに汚い話が苦手な方や食事中の方におすすめしない表現が初っ端少しあります。
- 経過
7月18日、便失禁を起こした。それって何?って人に向けてわかりやすく言うと、屁かと思ったら液状の便が出たということだ。
初めて便失禁を起こしたのは、たしか5年くらい前で、大人になって便を漏らすと人間はとてもショックを受け情けない気持ちになるのだなと学んだ。ただ何度も経験すると「ああ、またか」くらいの気持ちになる。
「何か悪いものでも食べたっけ?」と思いながら2日ほど正露丸を服用。その後2週間ほど、断続的に下痢気味になるものの、そこまで大きな不調という感じではなかった。
が、8月3日の外出中、激しい腹痛と眩暈に襲われた。迷走神経反射というやつだ。これも何度か経験しているが、こっちの方は何度経験してもキツい。朦朧としながらトイレを探し彷徨うゾンビと化し、個室から数十分出てこれなくなった。なんとか人間に戻り、フラフラしながら帰宅した。いつもは迷走神経反射を起こしても1時間もすれば元気になるのだが、今回は腹痛がずっと続いていた。
何かおかしい感じがしたので、翌日オンライン診療を受けた。数年前に過敏性腸症候群と診断を受けたことがあり、恐らくそれではないかと思い医師に相談すると、漢方薬を処方された。
3週間ほど漢方薬で様子を見たが、一向に腹痛や下痢が改善しない。8月25日、近所の消化器内科に行き、超音波検査をしてもらった。「教科書に載せたいくらい綺麗な膵臓ですよ」とお墨付きをもらったものの、肝心の胃腸に関しては問題が見つからなかった。整腸剤や痛み止め、胃酸の分泌を抑える薬を処方してもらい、今まで飲み続けている。
症状としては、最初は胃と腸どちらにも痛みがあり、下痢気味になることが多かった。徐々に腸の痛みや下痢は少なくなり、胃の痛みがメインになってきた。それに加え、食後や睡眠・起床時など横になった時に数十分ゲップが止まらなくなる現象が毎日続くようになってきた。吐きそうにはならないものの、気持ちが悪く結構しんどい。8月あたりから100%元気という日は無く、2週間につき2、3日ほど腹痛が軽い日があるかないか、という状態が続いている。
10月25日の通院時、「2ヶ月ほど薬を服用しているが、なかなか治らない。ほかに手の施しようはないのか」と医師に尋ね、内視鏡検査が得意な病院を紹介してもらった。その病院に行き、胃カメラと大腸カメラを受ける予定が立って今に至る。
- 原因の予想
なぜここまで長引いているのかは謎だが、恐らく不調の原因はストレスや自律神経の乱れではないかと当たりをつけている。
7月に引越しをし、諸々の手続きや新しい環境への順応、新居の冷房が効かないといったトラブルへの対応に疲れていた。同居していた父に任せていたゴミ出しを毎朝決まった時間に自分でやらないといけなくなった。もともと夜更かしと朝寝坊が趣味の自分にはつらいことだった。睡眠時間も短くなっていたかもしれない。
7月下旬に叔母が亡くなったのも大きなショックだった。幼少期に限れば、単身赴任だった父よりもずっと長い時間を一緒に過ごしてくれ、親戚のひとりと言うよりは友人のような存在だった。数年前から病気をしていたのは知っていたが、まさかこんなに突然別れが来るとは思わなかった。頼りにしていた人が死んで途方に暮れている。
- 生活における変化
まず、食生活が一変した。
食べることは私の生き甲斐である。正に「生き甲斐」という感じで、食べるために生きていると言っても過言ではない。食べている時間が人生の本体で、それ以外は消化試合。消化だけに(?)。
死ぬまで食事を制限されないよう、健康にはかなり気を使ってきた。自分の歯がないと食べるのがつらくなるから、定期検診は欠かさないしフロスやマウスウォッシュも使ってできるだけ丁寧に歯を磨く。食べるものは我慢したくないが健康は損ねたくないので、栄養が偏りそうな時は適切な量サプリメントに頼る。太ると医者に我慢しろと言われるかもしれないから、本当に美味しいもの、好きなものだけたくさん食べて、普段の食事は食べすぎない。ケーキは食べても白米は100gほどで構わない。ポテチでカロリー摂取するくらいならもっと肉を食べる。そんな風に生きてきた。
だが、胃腸が悪くなるとそれらの努力はすべて水の泡になる。美味しいもの、好きな料理を楽しむことは極めて難しくなるし、そもそも食べられるものが少なくなる。胃腸に負担をかけないよう、不調が出たての時は、お粥やうどんをストイックに食べ続けた。しかし、だからと言って体調は良くならない。断腸の思いで我慢しても結果につながらない。
私の思い通りになるものは私の食べるものだけだと思っていた。けど、食べるものすら思い通りにならなくなった。無力感でいっぱいになる。
体重も、今の身長になってから一番低くなった。体調を崩す前と比べ、最大で4キロ痩せた。もともと体重変動が大きくなかったので、かなり応えた。腹痛で我が身を省みるのをしばらく忘れていたが、ふと風呂場で鏡を見ると、げっそりして骨が浮き出た体が映っていて驚いた。
体重が落ちるということは筋肉量も落ちているということで、従って体力がかなり落ちてしまった。もともとリモートワークメインの仕事だが、出社の時はかなりしんどく、ちゃんと行って帰って来れるか、途中でトイレに行きたくなったり具合が悪くなったりしないかと不安になった。家の近所で買い物する時も、いつ腹痛を起こすかわからず、スーパーや商業施設のトイレの位置を念頭に起きながらでないと外出できない。
不調を起こしてから6回ほどスタンディングのライブに行ったのだが、腹痛がある時は開演までの時間が永遠かと思うくらいつらかった。何か食べたらトイレが近くなりそうだし、何も食べなくても貧血気味になりそうで、気を紛らわすのに必死だった。ライブが始まれば体調のことは忘れて楽しめるのだが。よく考えたら行くのを諦めてチケットをほかの人に譲るとかもできたのだが、そこは意地だった。ちょっとアホ。
そんな感じで外出する機会がめっきり減り、季節の移ろいをしっかり感じることがなく、いつの間にか夏から初冬になっていて時の流れの速さに恐怖を感じる。
- 低FODMAP食事法について
9月の下旬から、低FODMAP食事法を試している。FODMAPとは発酵性のある糖質を表していて、FODMAPは小腸内でほとんど吸収されず、下痢や腹痛、お腹の張りを引き起こすため、過敏性腸症候群の人にはFODMAPが含まれる食材を勧めないらしい。私の不調は過敏性腸症候群が原因だと仮定して、2ヶ月間、低FODMAPの食材を中心に摂取することにした。
現在、7週目に突入しているが、正直食事法を変えたからと言って胃腸に良い影響があったのかはよくわからない。「これを抜いたら良くなった!」「これを食べると悪くなった!」という相関関係がまるで見えない。食事法に限らず、何がどう体に作用しているのかまったくわからない。体調が上向いた時と下向いた時、何がきっかけでそうなっているのか見当がつかない。自分の体なのに、これから一緒に生きていくのが不安になる。
一点、明らかに変化したと思われるのが肌だ。高FODMAPとされている牛乳、小麦、チョコレートなどを避けると、必然的に洋菓子が食べられなくなる。以前は口周りに吹き出物がくり返しできていたが、大好きなチョコレートや洋菓子を抜いたら、ほとんど吹き出物ができなくなった。外食を控えた分、物欲が湧いてきて(よくないね)新しいスキンケア製品を試しているのだが、それが物凄く自分に合っていたようで、肌だけで言えば人生でもっとも調子がいい。頬はこけたが顔全体がつるんつるんになっている。スキンケア製品についてはベストバイ的な記事を書きたい。
低FODMAP食事法を始めた頃は、チョコレートが食べたくて食べたくて食べたくて仕方がなかった。たぶん、軽く中毒だったのだと思う。甘いものがもたらす幸福に頼っていないと生きていけない状態だった。しかし、今はそこまでではない。リンツやビオセボンで低FODMAPに準じたチョコレートを買って食べるという選択肢を知れたことも、渇望を抑えるのに役立っている。
食材が制限されるので、必然的に添加物などが入っていないシンプルな製品を選ぶことが多くなる。そこで味方になってくれたのがアコメヤやビオセボンなどのオーガニック系食材を置いている店だった。オーガニックの良さがあまりわかっていなかったのだが、こういう時に役立つのかと納得した。買って美味しかった食材についても今度まとめたい。
低FODMAP食を試して気付いたが、白米は本当に美味い。今まで主菜のことしか頭になく白米は箸休めみたいな存在だったが、白米は美味い上に胃腸にも優しい。お粥も美味い。米は素晴らしい。
ビーフンも美味い。「ケンミンお米100% 純米ビーフン」を調理して食べているのだが、肉と野菜と炒めるだけでもすごく美味い。ビーフンなんてビーフン東くらいでしか食べていなかったが、こんなに美味いとは。米粉でパンケーキを作るのも美味い。トラピストバターとメープルシロップをたっぷりトッピングすると空も飛べるはず。米は素晴らしい。
それと、ポテトチップスもめちゃ美味い。トップバリュの「フリーフロム塩だけポテトチップス」という商品があるのだが、成分は芋・油・塩という潔いシンプルな作りにも関わらず、とても美味い。自分の中のポテトチップスの株がグンと上がった。芋も素晴らしい。
低FODMAP食事法では和食は制限されづらいので、外食の時やスーパーで出来合いのものを買う時は寿司を選ぶことが多くなった。寿司が大好きなので心配なく食べられるのは嬉しい。渋谷で回転寿司に入ろうと思ったら並んでいて、訝しがりながら入ったすしざんまいが美味しくて、それも発見だった。自分の行動を制限していても、新しいことを感じることはできるのだなと勉強になった。
- 人生について
最初は不調に負けず気を強く持っていくぞと思っていたが、食も細くなり体力がなくなっていくと同時に気力もなくなってきて、大袈裟に人生を考えたりした。
引越しからだいぶ落ち着いてきたが、慌ただしすぎて引越し前にブログに何を書いてたか忘れていた。読み返したら、SoulがGlowしているかどうかみたいな内容だった。引き続き私のSoulはGlowを失っている。これは由々しきことだ。俺の太陽は輝いていない。太陽が輝かなければ星々は明かりを失ってしまう。今そんな状態だ。
今もつらいが、もっと大変な病気になったら?今の生き方で後悔しないだろうか。それは大変な病気になった時に考えるのでは遅くて、今真剣に考えるべきでは?
たぶん胃腸が弱い体質は変えることができないので、食べるものや食べ方、生き方を考え直すしかない。食べるものしか思い通りにならない、ではなくて、食べるもの以外も思い通りになるよう人生の組み立てを少し考え直したほうが良さそう。
そんなことを考えて、文章を書く仕事を副業などスモールスタートでいいので始めたいと思い至った。めんどくさがりで完璧主義なので、大事だと考えるとずっとできないままだろうから、少しずつ始めたい。
- おわりに
色々書いたけど、実は今は腹痛はほぼなく、やや違和感くらいで済んでいる。
数日前、免疫力が落ちているところ、季節感を見失い防寒が足りないまま外出したので風邪っぽくなってしまった。「腹痛に加えて風邪とかやってられっかよ」と思い、悪化させないためにできる限りのことをした。体をあたためまくり、葛根湯(クラシエの満量処方シリーズ、効く)を飲み、ユンケル黄帝DCFやキューピーコーワゴールドαプレミアムを飲み、マルチビタミンのサプリを飲み、消化にいい料理とバナナとオレンジとキウイを食べ、イソジンでうがいをし、サイナス・リンスで鼻うがいをしてできる限り寝た。そうすると風邪は悪化することなく快方に向かった。だけでなく、なぜか腹痛の方も良くなってきた。風邪気味になる直前から少し調子が良くなっていたので因果関係があるかわからないが、単純に栄養や休養が足りていなかったのか…?
Soul Glow
今日GREAT3のライブに行ってきたよ。
一昨年くらいに好きになって年2回くらいライブ観てるから今一番ライブに行ってるバンドかもしれない。毎回かっこいい。昨年末のライブのセトリもめちゃ良かったけど今日も同じくらい好きだった!正直あんまり聴いてない曲とかアルバムあるけどライブ行くとどの曲もかっこいい。
今年30周年だとMCで言っていた。新人バンドでもないのにアラサーになってから聞き始めてバンド好きになることあるんだなあと不思議なきもち。大学生の時に友達がアルバム貸してくれて、その時はそこまでハマらなかったんだけど、年を取って受け入れる素地ができたのか?
MCで毎回「ライブに来てくれるお客さんのおかげで続けられてる」って話してる。断続的だけど30年やってる人が言うと重みある。30年あったら全然人死ぬし人生変わるよね。ライブに来るって意外と簡単にできることではないのかも。
ライブ行き始めた頃は「次があるかわからない」って言ってたけど、今日は9月や年末にライブの予定があるって話してた。新曲も作ってるらしい。楽しみ。
皆さんの最近のSoulはGlowしてますか。私は正直微妙です。殺気立ってますがどうにか生き延びたい。たくましくやっていきたいですね。強くある必要はないと思う(仮に強くないと生きていけないとしたらそういう構造になってる世の中がクソ)けどパワーでねじ伏せていきたい気分。それでも愛だけは悪戦苦闘しても忘れたくない、疑いたくもないと今日思った。
なんかLittle Jの嘆き聞いてたらちょっと泣きそうになってしまった。家帰ってからMV見たらまた泣きそうになった。
■
家でよく歌を歌う。黙っていてもため息しか出ない。
自分で考えた自分の言葉で話しても虚しい時、歌を歌うといくらか心が解放される。決まった言葉を決まったメロディ、決まった音程で発すると、脳みそでパンパンになった思考が蒸発していく。だんだん疲れてよく眠れるようになる。
どうやら何も考えずに口を動かしているのが好きらしい。
食べるのは好きだが、お腹いっぱいになる感覚はそんなに好きじゃない。息が苦しくてお腹の皮が引っ張られて体が重くなるのは心地よいとは言い難い。香りを嗅いで気持ちが高揚し、口に含んで味をじっくり見て咀嚼するところが喜びのピーク。
語学を勉強するのも割と好きで、誰かと会話したい気持ちは1ミリもないが、意味のわからない言葉を聞いて真似して、舌が経験したことのない動きをして、聞いたことのない音が出てくる。それが面白い。
常に何かを考えている気がするが、本当は何も考えたくないのかも。
がん検診に行こう!
昨年、区の子宮がん検診のお知らせが届いたので受けに行ったら、再検査になってしまった。
検査結果の封筒に入った「要精密検査」と書いた用紙を見てちょっとビビる。しかし書いてる内容をググってみると、そんなに怖いことは書いていないようだった。ざっくり解釈すると、「がんの赤ちゃんがいる可能性は否めない」くらいのレベルの話のようだ。
検診センターの案内に従い、まずはかかりつけ医に再検査になったことを伝える。しかし、かかりつけの病院では詳しい検査は受けられないので、大きめの病院に行った方がいいとのこと。結局、隣駅の病院に行かなくてはならなくなった。この時点でだいぶめんどくさい。
電話で予約を取る。病院が平日しかやってないから仕事を調整して行かなくてはならない。ダルすぎる。
予約日当日、病院へ。1時間以上待たされる。シットである。こんなに便利な世の中になっても病院の待ち時間は減らない。こういう時は最大限イライラしてる人の雰囲気を纏うことで周りの人間も嫌な気持ちにさせたい。
担当してくれた医師はとてもわかりやすく検査の説明をしてくれた。素人でもわかるよう、昔ながらの基準を使って解説してくれたのだが、がんの段階を5つに分け、1と2が問題なし、3が中間、4と5ががんとすると、今の私は2と3の狭間かもしれないそう。この段階では悪くなったり良くなったりするらしい。3の段階でも悪くなったり良くなったりするが、2よりも悪くなりやすく、4と5は悪くなる一方で、進行も早いとのこと。
3の段階でも3つに分割して経過を見ていて、今回の検査はどの段階にあるか確認するものとのことだった。今回の検査で陽性ならもう一度検査をし、陰性なら年に1回検診を受ければ問題ないそうだ。
それにしても子宮の検査の屈辱的かつ痛みを伴う形態はどうにかならないのだろうか?医学界において女性の立場がもっと強ければこんなことにはなってないと割と本気で思っています。もっと言えば出産ももっと楽になるはずだと思います。
半月後にまた病院へ。陽性であればかなり出血を伴う検査をしないといけないから検査後は仕事を休みにしてください、と言われていたのでソワソワして向かう。
検査結果は、ハイリスクなウイルスは無く、年に1回検診を受ければ問題ないとのこと。良かったー。帰り道、結果がどうであれ自分を甘やかしてやろうと思っていたので、新宿高野のズコットを買った。
結局は大したことなかったが、まさか再検査になるとは思っていなかったので受けてみるものですね。友人に今回の話をしたら、その子も再検査を受けたことがあるが数年後治った、というような話をしていた。珍しいことではないようだが、とはいえ注意するに越したことはない。
三十路を過ぎると健康が気になりますね。皆さんも検診受けに行ってください。どうせ生きるなら元気に生きたい。
■
31歳になりました。
今年こそは自分の気持ちをちゃんと言いたい。
最近、職場でやりたくない仕事を押し付けられてる感じがしていて。まあ特定のスキルとかないし…他にやる人いないし…立場上断れないし…みたいな感じで嫌な素振りとか見せず受け入れてたんだが、どんどん自分が疲弊してきているなあと気付き。
色々我慢してちゃんと自分の気持ちを主張しなかった結果、舐められたり、大事に扱われなかったり、「この人はここは譲っていいんだ、これに対してこだわりとか情熱とかないんだ」と思われて誤解されたりして、良いこと全然ないなって。
ちゃんと泣き喚いたり駄々を捏ねたりしないと伝わらないんだなって気付きました。
なんか、表向き愛想が良いこと以外社会的に価値のある部分を自分に感じられなくてさ…。我慢しないとお金稼げないし…。
ほんとは舐められるのが一番耐えられないはずなのに、もともと親しみやすい見た目で舐められやすいから、自然に任せて舐められとくくらいがきっと丁度いいよねとか思ってたけどさ。他人とぶつかり合うリスクを取らないから自分の欲しいリターンも得られないんだよね。そんな自分に辟易して、変えたいと思いました。わがまま言いたい。物わかりのいい良い人のふりをするのはやめよう◎大事に扱えや〜!ワレ〜!て感じでいきたい。
昨年末、占い師に占ってもらいまして。詳しいことはまた別記事で書こうと思うんだけど。その時、タロットリーディングで「あなたの本来の状態は“エクスタシー”なんですよ」って言われて。
エッッッッッ!?!?!?エクスタシー!?!?!?
と思ったんだけど…。要するに、本来は喜びや情熱に溢れた人間だと。だけど、感情を表に出さないことで花が枯れ気味になっているとのことで。あなたに必要なのは「他者に譲ること」ではなく「他者と補い合うこと」で、自分の感情を押し殺すことなく、ネガティブな感情にも向き合ってさらけ出せば、自分の本当の気持ちが見えてきて、ポジティブな感情も出せるようになりますよ。というアドバイスをもらった。
その時はあまりピンと来なかったけど、その通りなのかもしれない。自分の感情に対して誠実じゃなかったかも。自分に対してネグレクトしてたのかも。
昨年、某スポーツ大会で敗退した選手が泣いているのがニュースになっていて、正直第一印象は「みっともない」だった。私は(特にネガティブな)感情を表に出す時は、内容もタイミングも話す相手も割と慎重に選ぶタイプだから、人前で感情を剥き出しにできる人のこと理解できなかった。でも人間ってみっともないものだよね。みっともない自分で生きるしかないんだよね。取り繕わないとこの世界で受け入れられないと思ってたよ。でもきっとそんなことないんだよね…。ていうか、受け入れる器がない場所で生きる必要はないよね。
「偽りの自分を愛されるより、ありのままの自分を憎まれる方がいい」ってカート・コバーンが言ってたらしいです。さっきネットで見かけました。カート・コバーンに思い入れないけど偶然にあやかりたいです。誰が言ったにせよ私も今そういう気分です。
人生わからなさすぎるけどやっていくしかない〜!31歳もがんばります!適当に!自分らしく!エクスタシー!
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心に澱が溜まったような気分になると、自分の情緒をぐちゃぐちゃにしてゼロにしたくなって、感受性を刺激してくれそうなエンタメをまとめて享受することがある。
今回は『ロボット・ドリームズ』と『ファーストキス 1ST KISS』を連続して観た。
ロボット・ドリームズが特に良くて、観てない人には実際に観てほしいからネタバレしたくなさすぎてあんまり感想言えないんだけど、ほぼ『ラ・ラ・ランド』だったし個人的にはラ・ラ・ランドより好きです。
愛情とも友情ともとれる、普遍的な「誰かを慕い大切に想う気持ち」「大事な人と過ごす時間の色褪せないきらめき」が描かれてて泣いた…かけがえね〜。
新宿武蔵野館のポスターに監督がサインと一緒に"All you need is love"と書いてたみたいで、本当にその通りすぎる。人生…。
アース・ウィンド・アンド・ファイアーの『September』が何度もかかるんだけど、1回目でもう泣ける。最後にかかる時もっと泣いた。あのイントロのキラキラ感、魔法がかかってるとしか言えない。また観たいな…。
ファーストキスも松村北斗さんにめちゃくちゃにされてありがたみを感じた。まさにもう一回!て感じ。
過去と現在と未来は同時に存在している、みたいな価値観って坂元裕二作品で何回か描かれてると思うけど、それに触れる度めちゃわかる〜となる。今の自分が色々感じて考えて、「ダメだったあの時の自分も、もがきながら自分なりに頑張ってたな」とか思ったら、あの時の自分の肩叩いて慰めることは可能と思う。タイムスリップしなくても、過去の自分や誰かに今できることはあると思う…。
鑑賞後、友人と感想共有して、「好きな人を大事にしたい」「大事にするというのは、めんどくさがらないこと、後回しにしないことなどを指す」という話になって、なんか爆散しそうになった。大事にするって難しいことですよね…。
あとSMAPの『しようよ』すぎる。ここ↓とか。
なんとなく分かった顔しないでさ
もう一度ふたり出会ったときみたい
正直にとにかく何でも気づいたら話をしようよ
しあわせが逃げてゆかないように
いつまでも僕等笑って暮らそうよ
今すぐに最初から始めてみようきっと簡単さ
トウモロコシは起源がわかってないみたいな話出てきて、古代メキシコ展で見た「熟したトウモロコシの女神」を思い出した。やはり古代メキシコ文明、宇宙人の文明なのでは。
「12年に一度の幸運期」
占いの話です。
西洋占星術では木星は「拡大」を意味するラッキーな星で、12個それぞれの星座に約1年間滞在し、約12年で1周する。太陽星座(星占いで〇〇座さん、と言われるやつ)と木星が重なる年は「12年に一度の幸運期」と呼ばれる。
2023年5月17日から2024年5月26日まで、木星は牡牛座に滞在した。牡牛座の私から見た、この期間の自分を振り返ってみた。
2023年4月から始めた仕事は人や機会に恵まれて、ありがたいことに自分の能力を結構評価してもらえている。木星牡牛座期を終え、最近この職場で雇用形態が変わりキャリアアップした。労働に対してほとんど手応えのない人生だったから戸惑いもあるが、期待されてるぽいし収入が増えたので引き続き頑張る。
家庭では長年苦手だった上の妹との仲が良好になった。上の妹は私と性格がまったく違うタイプで、良く言えばおおらか、悪く言えばガサツでその割に外面と要領が良く、似ているのはお互いマイペースなところのみで、今までは重なる部分がまるでなかった。しかし色々あって半年ほど同居したら、お互い大人になったからか楽しくうまくやれた。生活の中でお互いに感謝し、尊重できるようになった。何度か2人で遊びに行ったりもした。たぶん今までの人生には無かった経験だった。
気まぐれで始めた寿司づくりやタロット占いは思いのほか楽しく、特技と言えるようなものが無かった自分の強みのひとつになった。
自分の誕生日会にはたくさんの友人が来てくれて、そこに来てくれた人はもちろん、来れなかった人からも大きな愛情を感じた。友人と楽しい時間を過ごす機会がとても多く幸せな期間だった。
映画や展示、ライブもたくさん観に行った。かなり体力ギリギリだったのだが、なぜかどうにかハシゴできて行きたいところに縦横無尽に行けた。推しのライブで爆裂良席当てたり、岡村和義の観覧当てたり、チケ運も最高に良かった。ほかにも良いことが本当にたくさんあった。
今回の木星牡牛座期の体感はスーパーマリオで言うところのスター状態のような感じだった。苦労や体調不良もあったものの、どうにか乗り切ることが出来て、楽しいことが山のようにあり、仕事もプライベートも概ね上手くいき、思いがけない幸福に恵まれた。今考えると物凄く濃い時間で、それが過ぎた秋頃からは抜け殻に近い状態になっていた。「あ、今が普通でこの1年が特別だっただけか」と気付かされた。
思えば木星牡牛座期に入る前の1年半くらいも怒涛で、恋人に振られ同居してた家を追い出され仕事はコロナ禍の赤字でクビになり色々疲れて8ヶ月無職、からの再就職してみたらブラック職場でヤベ〜すぐ逃げなきゃと数ヶ月で離職、とバタバタした期間だった。無職期間が最高だったからあんまり感じてなかったけど、こう書くと大変だったなと思う。今振り返ると、こうしたことが無かったら木星牡牛座期の良かったことのほぼ全てを経験できていなかった。仕事をクビになってなかったら今の職場で働けてないし、同棲解消して今の家に住んでなかったら妹と同居していなかったし、無職の期間に料理にハマってなかったら寿司を握ってみようと思ってなかった気がする。今持っているものがすべて素晴らしいとは限らず、持っているものを一度手放さないとより良いものが手に入らないのだなーと実感。意外と保守的だし面倒くさがりで自分から大きく環境を変えることが少ないタイプなので、何かデカい力が自分を適切な場所に配置しなおしてくれたかのように思えてくる。これを読んでるあなたも散々な目にあって全部失ったと思ったとしても、それは必要なものを手に入れるチャンスなのかもしれません。信じるか信じないかはあなた次第です。